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相原に幕末を見つける

Img_65631 天然理心流を追って、横浜線の相原駅から新・旧町田街道を東に向かう。ここ相原は都心から1時間、駅を降り立つと、未だ開発過程の自然がたっぷり残される街並みが優しく迎えてくれる。

旧町田街道にはご覧のような茅葺きのどっしりした名主の青木家屋敷が生きた歴史を、そのまま見る事が出来る。

「お~凄い、凄いと」この茅葺き家屋をたっぷり手間隙掛けて、現実に守り続け現在でも医院として近隣の人を迎えている姿に感動を与える。

文久2年というから140~50年も経っているが茅を守り続けている事に凄さと、生きた歴史の証の中に、身を置けると言う喜びにたっぷり浸れる。

この屋敷の一角に道場を置き、「青木道場」として天然理心流の近藤三助を多摩郡戸吹から出稽古で迎え入れ、相原始め小山から多くの門弟が此処に集まり、育っていった。その門弟の一部が維新以降に自由民権運動に育っていくなど、歴史の渦が此処の家を街道筋を駆けめぐっていく。

天然理心流二代目の近藤三助の相原村での出稽古先の謎の急死、とそれを悼んだ追悼碑のある清水寺。

近藤勇の養父であり、天然理心流の三代目を名乗った近藤周助の出生地である小山まで町田街道筋を歩き、新たな歴史発見に凄い充実感に浸る事ができた。

近藤周助でサイトアップしました。

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