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浅田次郎作品の輪違屋

1 「輪違屋」面白い名前だなあ~、と思うが同時に屋号のマークが正に輪違を表している。

写真はその 「輪違屋」である。友人が京へ行かれた時、その遊廓の様子と写真を一緒に送って貰った。浅田次郎作品でその「輪違屋」が2晩に渡るTV放映で恐らく新選組フアンを再び 沸き立たせたのであろう。

余韻を残した今、暫くは「輪違屋」『角屋』とその周辺を訪れるフアンで、一杯だろう。廓の伝統文化は現在でも引き継がれ、一部は、積極的に公開しているが、ここ『輪違屋』は今も太夫の方がおられ公開はされていないようである。

京攪乱の密議があった久坂玄瑞の姿や、芹沢鴨が暴れた揚げ屋の『角屋』、生生しい姿が確かめられるのも、羨ましい限りである。

久しぶりの新選組。青春ドラマ化されたイメージの三谷作品から、凄惨なシーンを含めた浅田作品。フィクションだよと断りを入れるだけあって、どんな展開が生まれるか新たな新選組を見る様で面白かった。

島原太夫の話はメアリーさんが京に行かれ、その伝統文化を詳しく紹介されてます。

夜の島原

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流山

072900531 赤城神社大しめなわは神聖な区域にかけ渡して内外を分け、不浄をさえぎる物である。しめ縄は 長さ10m太さ1.5m、重量300kgある。見事なものである。このしめ縄は氏子衆が毎年10月行われ、1年間は人々は見守っている。流山の歴史を感じる伝統的な行事である。

所で流山は幕末期、新選組の近藤と土方が帯同した縁の場所である。近藤は再起を図るために屯集したが官軍に包囲され、単身出頭し、江戸川の矢河原の渡しで馬に乗せられ、連れさられていく、新選組縁の場所である。

近藤たちは長岡七郎兵衛方を本陣としたが、一方では官軍がこの浅間神社の裏に菊の紋付きの旗をたて陣取り、長岡本陣へ大砲を向け、双方で合戦となる。江戸方は不意をうたれて官軍に大敗してしまう。

現在はキッコーマンの工場があり、その周辺は新選組の屯集した縁の場所含め、歴史を感じる古い家屋を残し、町全体が落ち着いている。幕末の歴史散策として、色々歩き回ったが、 大好きな町の一つである。

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