« 天然理心流の宗家と話 | トップページ | 斉昭に切り込む篤姫 »

厳しい小仏越え

Img_0752111 宮川さんの話に触発され、早速、小仏越えを試みる。「単純だなあ~」

彦五郎日記から 慶応4年3月甲陽鎮撫隊は勝沼に向かう過程で、その日の朝府中宿を出て、日野宿で休憩し、八王子宿で食事、駒木野宿の関所を通り、小仏越えを行い、小原宿を降りて、隣の与瀬宿で宿泊している。ならばと高尾の駅を10時頃降りて、甲州古道を辿って彼等の後を追ってみた。

高尾から小仏の麓までバスが出ているが、此処は鎮撫隊になりきり、彼等の踏み後を忠実に追ってみるため、ひたすら歩け歩けであった。バス道は比較的緩やかな勾配、チョット見上げると無粋な中央高速の高架橋が、うっとうしく付いて廻る。こんな緩やかな道なら楽勝と思ったが、バス停を過ぎた辺りから、ガラガラ道になり、写真のような急坂が待ち構えている。行けでも、行けでも杉木立の急坂が続き、視界の晴れる場所も無く、ただただ急な登坂に息は切れ、「ぜいぜい」と呼吸が苦しくなる。荷物もない身軽な旅姿でも、此れ程の難渋登坂であった。

ただでさえ苦しい、こんな急坂に大砲2門の鎮撫隊は喘ぎながらも、どう登ったのであろうか?。更に戊辰戦争も終わって、明治13年に京都巡幸でこの急坂道を明治天皇を載せた馬がどうやって登ったか?、別に侮った訳ではないが、ともかく凄い凄い。

喘ぎながらようやく小仏峠に到着、此処から尾根道を高尾山に抜ける道に大勢のハイカー殆どなのに古道の小原宿目指すは完璧に己一人、唯でさえ淋しい山道を杉木立の中をひたすら降りるだけ、途中でイノシシ、天狗に遭遇せず、何とか国道20号に出る。

Img_08211 静寂な世界から急に文明の世界に、車がバンバン走る抜ける歩道を遠慮深く、ひたすら歩き、ようやっと写真の小原宿本陣に辿り着く。こんな贅沢な本陣に誰も来客もなく、畳の上で思い切り足を伸ばし、しばしの疲れを癒した。上段の間付近では庭先が開け、開放的な空間が柔らかい空気が覆い、これまで歩き続けた疲れに、大の字になって寝たかったが、控えた。

係の人と話し込む。此処の持ち主の清水家は北条家の末裔で、小原宿の旧家の建物の表札に清水家が多く、親戚縁者が住んでいる。因みに係の人は武田の末裔とも言われていたが、まさしく幕末がそのまま残されている素敵な街であった。結局鎮撫隊が泊まった与瀬まで行けなかったが、彼等はタフな道のりを、懸命に歩き続けたのであった。 宮川さん何とか、歩けましたよ~

甲陽鎮撫隊

|

« 天然理心流の宗家と話 | トップページ | 斉昭に切り込む篤姫 »

12、甲州街道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/211410/20298699

この記事へのトラックバック一覧です: 厳しい小仏越え:

« 天然理心流の宗家と話 | トップページ | 斉昭に切り込む篤姫 »