« 厳しい小仏越え | トップページ | 三田の薩摩藩邸上屋敷 »

斉昭に切り込む篤姫

大河ドラマは江戸を舞台にいよいよ核心に入っていく。
激情形、面目躍如の斉昭の懐に、周囲の心配をよそに、初見参の篤姫が歯に衣を着せず単刀直入に何故「攘夷を何故推挙するのか」を切り込んでしまう。
斉昭が感情に火をつけてしまい激しく怒り、遂に爆発してしまう。
そんな昂りが、何故納まってしまうのか?
或いは斉昭の演技だったのか、それ以上に篤姫の鋭い感性に、頑固爺も氷解してしまったように、好々爺に180°変わってしまったのであろうかよくわからないが、・・・これが結果的に篤姫の縁談の障壁が解かれる、流れになる。

幕政に影響力を持ち、鍵を握った斉昭公は非常なやり手でどんどん色々な改革を進めるが一方では精力家であったようだ。もっとも半数近くは早死にしたが20数人の子沢山で、あったようで、その一人が徳川慶喜である。
紆余曲折しながらも、慶喜が将軍の後継ぎになり、時代は幕末を迎える。

その慶喜が生まれ育ち、11歳まで居た、一橋の上屋敷となった小石川後楽園がドラマ終了後、紹介された。
背後に東京ドームや遊園地が隣接する、大都会の真っ只中であるが、小石川後楽園は文化財保護法によって国の特別史跡・特別名勝に指定されている。
この二重指定を受けている所は全国でも小石川後楽園、浜離宮庭園、金閣寺など、ごく限られた名勝の一つである。
水戸徳川家の残された上屋敷の趣味豊かな大庭園が残される貴重な遺産であるが、賑やかな歓楽街に隣り合わせ、やや埋もれた存在である。
斉昭を支えた一人、藤田東湖先生護母致命之処の碑も園内にあり、篤姫大河によって、上屋敷が歴史を蘇らせる、お勧めの場所である。
舞台は江戸に有るせいか、ドラマ終了後の関連スポットの案内地が馴染みな所が多く、あそこも、此処もと繋がりが生まれ、何ともわくわくしてくる。 Img_22521

写真はその小石川後楽園

|

« 厳しい小仏越え | トップページ | 三田の薩摩藩邸上屋敷 »

21、篤姫」カテゴリの記事

コメント

「篤姫」安定した高視聴率で推移しているようで幕末ファンとして喜んでいます。
 「篤姫展」大阪にやってくるようです。
なんとか都合をつけて、いきたいと考えています。
 さて、日記でご紹介の各名所地、衛星からの画像でみられるグ-グルア-スで見てみました。
 大学時代、4年間東京で過ごしたのに、当時幕末には何の興味も無かったので、知らないところばかりです。
 今になって、行きたい所だらけになっています。
 グ-グルア-スも東京は、一軒一軒が鮮明に見えるのに、地方は良く見えないんですよね。
 小石川後楽園は実に鮮明に見えました。

投稿: 鳴門舟 | 2008年4月23日 (水) 03時41分

>「篤姫展」大阪にやってくるようです
はてさてどんな展示物があるのか?
それは楽しみですね

小石川後楽園は
敷地面積20、000㎡あると言われ
じっくり歩くと約1時間で一通り見られます
1年中色々な花が咲いてます。
徳川さんの残された代表的な屋敷跡でしょう
後楽園はドーム、遊園地で人は皆、そちらに流れますが、幕末フアンでは見逃せない、場所の一つと思います。

投稿: 隠れ新八 | 2008年4月23日 (水) 06時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/211410/20450398

この記事へのトラックバック一覧です: 斉昭に切り込む篤姫:

« 厳しい小仏越え | トップページ | 三田の薩摩藩邸上屋敷 »