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赤のしゃぐまが

Img_10981111 真っ赤にはためく数旗の旗の前に戦闘服姿で身を固めた一団が整列している。おや、あの赤い旗は燐国がオリンピックの聖火に名を借りてを国威発揚で振り回して全世界を走り回り、全世界で避難の声をあびた旗ではなかろうかと、思ったが、御不動さんの旗であった。赤い旗イコール某国と思われるぐらいに印象を悪く、吹き荒れた。

近寄って見ると戊辰戦争での「錦の御旗」をかざし歯向かう旧幕府側を賊軍と称し、いち速く洋式の訓練で洗練された官軍であった。黒の詰めえりにびしっと身をかため、兵士は銃を持っている。ミニ小隊は隊列を組み、隊長さんの掛け声で、整列し、「錦の御旗」を先頭に勇ましく歩行訓練を実践し、見事な軍装姿が格好よかった。その訓練も終わり、小休止、折しも昼食の時間、豪華な軍隊食の支給を前に隊列は解かれた。

Img_109311 頭にいただく嚇熊(しゃぐま)は、白は長州、黒は薩摩、赤は土佐とそれぞれ識別されていたと拙い知識から、「も~しそこの御方は土佐藩では」と恐る恐るそのしゃぐまの軍師に近寄ってみた。「いやあ~、偽官軍とも言われた赤報隊だよ」と言われ、見事に当方の浅学ぶりはいなされてしまった。

「年貢半減」を赤報隊のスローガンに掲げ、民衆に訴え、重い年貢にあえぐ民衆に受けたが、一方の政府軍にしては戦費調達に苦しむ財政状況を踏まえ同じ官軍の中での不行為はとんでもないことと彼等を「偽官軍」と称して消しにかかる。慶応4年3月彼等が京都から中山道を東征軍先鋒として下諏訪に着くおり、潜んでいた兵士に突如襲撃され、捕縛される。「偽官軍」の名で設楽 以下幹部が多数が次々に処刑されてしまう悲劇が生まれた。

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