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将軍家定の足跡

St27_011 徳川家定公は本当に「うつけ」か否「うつけ」ではない。
大河 ドラマの出だしの姿は謎めいた人物として、登場したが、果たしてどんな人物であったのであろうか?

伝統の徳川家を、守ると言う大命の中で、ごく普通に育てられたのが家慶(いえよし)でその子が家定であった。
その家定は大変な芸術的なアーチストであったことが篤姫展に展示された作品に物語っている。
将軍にならなかったら芸術家になったかもしれない。
決して「うつけ」に非ず職業の選択を間違えたのではなかろうかとも思える。
物語の進行に併せ、「うつけ」は演技で、孤立無縁な将軍職には反発していたが、実は思慮深い人間であったようで、篤姫の存在が徐々に将軍職として目覚めていく。
一方の篤姫も島津家の己を滅する政略的な結婚から、徐々に目覚め、妻として徳川家として目覚め、ようやっと蜜月の時期を迎えるが、余りにも虚しく短い期間であった。

家定が、閉鎖的な江戸城の世界に押し詰められているようだが、「将軍、家定の足跡」として、浜離宮で狩りを楽しみ、目の前の江戸湾で軍艦を眺めたことが放送後紹介された。
家定公、没後では 15代将軍徳川慶喜公が官軍との戦いで幕軍総崩れとなり、軍艦「開陽丸で大阪から引き揚げ、江戸城に掛け逃げたのも此処浜御殿(浜離宮)からである。
隣接の築地市場は移転で揉めているが、家定公も度々訪れた軍艦操練所でもある。
幕末史を飾る大事な拠点として、お勧めしたい場所の一つである。

海軍伝習所と浜御殿

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21、篤姫」カテゴリの記事

コメント

 NHKの大河ドラマ「篤姫」の視聴率が、ついに26%という、現在放送中のすべてのドラマではぶっちぎりの高視聴率を上げました。
 幕末ファンとして、めでたい限りです。
「幕末ものは視聴率が取れない」というジンクスをくつがえした事も、さらにめでたい。
 まずは万歳三唱を。

 *各サイトに重複して書き込んでいます。失礼をご容赦。

投稿: 鳴門舟 | 2008年7月 8日 (火) 05時11分

 堺雅人の家定魅力的ですね。
いっぺんにファンになりました。
「大変な芸術的なアーチスト」ですか。
私的には、放浪の天才画家、山下清を
思い浮かべてしまいました。

 これから歴史的な大事件がいろいろ
展開されていくんでしょうね。
 楽しみです。

投稿: 鳴門舟 | 2008年7月 8日 (火) 05時20分

堺雅人、改めて良い演技をしています。
立場、身分もガラリと違う、新選組さんなんさん(山南啓助)は沖田の解釈で切腹した、名演技のシーンが話題となりました。
「将軍徳川家定」で悲劇のヒーロが再び、堺雅人で演じられ、感動を呼ぶでしょう。
益々、目が離せないドラマになりました。

投稿: 隠れ新八 | 2008年7月 8日 (火) 17時37分

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