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スタジオパークに天璋院篤姫が

Image11 未だインタビュウー始まる前、宮崎あおいが大勢のフアンの垣根に囲まれた花道を通り、アナウサーに紹介されゲストコーナの席に着くまでに、大きな瞳から、もう涙が止まらなかった。改めてこんな多くの温かいフアンに囲まれ、大河ドラマのニューヒロイン篤姫は既に感極まり、涙腺が緩んでしまったのであろうか。

未だ23歳の小娘がと思ったが、於一から始まり、今泉島津から養女篤姫、さらに13代将軍家定の元に入與した。家定亡き後、落飾して天璋院となり、多い時では1000人近く居たと言われる大奥の御台所と言うトップレデイとして君臨し、徳川瓦解までの大役を見事にやり終えた達成感から生れた涙であったのであろうか・・・。若さを全面に奔放な於一から御台所への変身は私生活で普段の対話が、まるでおばあさんの喋り方と廻りから言われるほど芯から役にはまっているようであった。その数々のシーンが走馬灯のように蘇り、特に際立ったシーンとして以下が紹介された。
奇行な行動を背景に心を割らない家定の懐に飛び込み、夫婦としての絆は生れるが、それも束の間、家定は短い人生を閉じてしまう。しかし家定亡き後天璋院として徳川家を守り続けるのは家定の遺子であったりする。

江戸城から追われた一橋邸で、天璋院を前に天璋院篤姫が、育んだ静寛院や滝山などファミリーが淋しく次々と去っていく。そんな中で宮尾登美子の原作では殆ど出なかった、幼なじみの青年家老小松帯刀が突如現れる。自ら心の内を開き、もし大奥に入與しなければ、私(小松)の所に嫁ぐのではと言う問いかけに、天璋院は家定に聞いてみるとの語りは揺らぐ心の中でも、徳川家の人間に成りきった姿を小松帯刀に見せたかったのであろうか。

脚本家田淵久美子の意図した作品がこんな所にあったのであろうか、天璋院と小松帯刀のやりとりに、ぐんと胸に迫るものがあった。この大河ドラマによって、歴史の中に余り登場せず、埋もれた存在であった天璋院や小松帯刀がこの大河ドラマによって躍り出て、その存在感を大きく、語りかけているようであった。

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