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「高島流砲術」がやってきた

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ひの新選組まつりで高島秋帆が導入した西洋流砲術の実際を披露された。
高島秋帆は、「これからの新戦術」として、「徳丸ヶ原」で洋式調練は披露される事となった。公開演練の後は、江戸幕府や西南雄藩において「高島流砲術」として導入され急速に普及した。
「徳丸ヶ原」で洋式調練に検分したのは、老中・水野忠邦をはじめ、幕府の重臣など蒼々たる面子が揃い、青年時代の勝海舟の姿もあったと言われている。
特にこのトンガリ帽子の銃陣笠は見分に来ていた幕府役人が「異様之冠物」と驚いく程斬新であった。
演武を行うのは高島秋帆が初めて西洋流砲術を行った「徳丸が原」がある板橋区から高島流砲術を行う西洋流火術鉄砲隊保存会の方々である。
実際に使用した鉄砲はオランダから輸入したゲベール銃と呼ばれるものであったが、演武で使用する鉄砲は火縄銃を使用している。
至近距離から「ズドン!!」 物凄い迫力。火縄銃の威力をまざまざと見せつけられる

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戊辰戦争最中に銃については日野宿でこんな歴史がある。
慶応4年、鳥羽・伏見の戦いで新選組は近代装備された薩摩軍の前に新選組の刀槍では全く歯が立たなかった。
新選組も多くの死者を出したが、井上源三郎も敵弾に息を引き取った一人であった。
大阪から将軍慶喜が逃げ帰ってしまった後、新選組も富士山丸で江戸、品川に引き揚げた。土方らの帰東を知った佐藤彦五郎と土方の三番目の兄糟谷良循は品川に向かい、土方歳三に会い鳥羽・伏見の戦況報告を聞いている。「もう槍や刀での戦争ではない」と破れた実感を歳三から恐らく伝え聞いている。
歳三の話を聞いた、佐藤彦五郎は急ぎ日野宿に戻り、農兵隊員で鉄砲に知識のあった有山重蔵に横浜の武器商人に銃の買いつけに走らせ、最新式の元込銃20丁、600両で購入する。
最新式元込銃を手にした日野宿農兵隊は調練が始まり、やがてくるであろう東征軍に備えたのであった。
生き残りの新選組隊士を中心に甲陽鎮撫隊を編成し、甲府を目指し、東征軍の進攻を阻止することになった。
江戸を出発した甲陽鎮撫隊に日野宿で佐藤彦五郎以下20数名の農兵隊が同行する。
江戸へ向かう板垣退助率いる東征軍は既に甲府城を入城し勝沼で鎮撫隊と遭遇し、交戦するが僅か2時間余りで圧倒的な数の東征軍の前に鎮撫隊が破れ駆逐される。江戸に敗走する鎮撫隊供併せ、農兵隊も日野に戻る。
東征軍の日野宿厳しい追求の中、元込銃19丁は日野宿内で発見され、没収される。結局元込銃は横浜購入後、使われることもなく東征軍の手に落ちてしまう。

ダイナミックな姿は此処で紹介している高島流砲術

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歩け歩け湯島・本郷

Yusima104 写真は湯島聖堂

風香り、草花が咲き乱れ歩くのは気持ちの良い季節を迎えた。
お茶の水を起点に北側を神田~本郷方面を歩いてみた。江戸下町の文化が息づいており、起伏に富んだ地形から、清水坂、無縁坂、暗闇坂とかそれぞれ歴史を背負った背景から生れている。
そもそも、此処を行きたいと思ったのは司馬遼太郎作品の「街道を行く」から「本所深川散歩、 神田界隈」「本郷界隈」で歩んだ所を、司馬遼の独特の豊かな表現力で紹介しており其処をつまみ食いしながら、歩ける範囲で歩いてみた。
聖橋から、かっては風光明媚な神田川沿いも汚染され、川面をモータボートで川上に向かう姿にしばし目を奪われた。

学問に縁の地として孔子の教えを原点とした湯島聖堂や文道の祖と仰ぐ菅原道真公の湯島天満宮、更に巨大な壁画を掲げ医学を志す医科歯科大学など何故か、教育の歴史が集中するような場所としており、東京大学の広大な敷地を近くにあるのも、成るほどと思われる。

お茶の水から湯島天満宮まで、かなりの距離を真っ直ぐ繋いでいるのも、後で開発されたようで、方向音痴の拝にも迷わず道案内してくれる。
学問の神があれば、江戸っ子下町の気風がそのまま残される神田明神が近くにある。飾られた神輿を見ただけで何とも三社祭の熱気が伝わってくる。
湯島天満宮の高台を起点に下ると池之端の旧岩崎邸に出る。三菱財閥を生んだ岩崎弥太郎が残した広大な敷地と其処に残った和館・洋館の明治の息吹きをたっぷり、味わえる。戦後の混乱時期に米ソの冷戦がスパイ事件を繰り広げられたキャノン機関などミステリアスな事件が生生しく、残され話題に事欠かない。

Yusima702 写真は赤門

その岩崎邸の外周部の無縁坂を辿り、東大の赤門に目指す。無縁坂はご承知の通り、森鴎外の作品「雁(がん)」のモデルに成った場所であり、壁は変わるも、その雰囲気をたっぷり確かめる事が出来る。
広い東大の敷地のステータス赤門に辿り着く、もと加賀金沢前田家の朱塗りの門は重要文化財にするだけあって、見応えのある薬医門である。
東大の敷地を北に突っ切って、改めてそのバカでかさに驚き、ようやく外部に出られる。敷地の外周部の暗闇坂を下って、不忍池へ目指す、タフなコースである。

地図とそれぞれの写真は此処で紹介している。湯島、本郷界隈

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