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これぞ プロの案内人

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1947年から1949年までの3年間に亘る第一次ベビーブームに出生した世代を「団塊の世代」と指し、厚生労働省の統計約800万人に上ると言われている。
そう言う世代が丁度、定年の節目を迎え、組織の枠から解かれ、いよいよ第二の世界へのデビュウーが始まった。

昨今のメタボ対策やら健康指向とも、併せ、あちこちで歩け歩けが始まったのも一つの傾向である。
余生をたっぷり時間を持つことより、時間をかけた「街道歩き」が一つのブームさえ呼んでいる。現在小職の住む、旧南多摩郡部には、江戸日本橋から下諏訪に繋がる「甲州街道」があり、日にちを別けて、小刻みに街道を歩き、かっての歴史ロマンを確かめながら、完走するものである。
先日、当番で本陣で勤務したおり、クラブツーリズムの一行30人の集団がどどっと来館された。
その殆どが、ン十年前のかってのお嬢様が主体で、真夏の炎天下府中宿からデイーバックを背負い、汗をかきながら、余り効きのない冷房にも、多少の冷気にホットした様子であった。
その群れの中心にハンドフリーのマイクを下げ、引率されている講師に何処かで見かけた御方と思いきや、ちょっと小柄でチャーミングなご尊顔は紛れもなく「紺野 洋子先生」であった。
東奔西走、数泊で京都に廻ったり、このような三多摩地区や江戸にもパワーフルに駆け回っておられ、クラブツーリズムではおそらく何千~のフアンが居られるのでは思うぐらいの人物である。
かく言う小職も2008年大河ドラマに連動し、天璋院篤姫ゆかりの地のご案内が「紺野 洋子先生」であった。

全く何も残されていない皇居で、詳細を語らい、幻の大奥の世界に運んでもらったり。
徳川宗家の菩提寺が何故、増上寺か寛永寺か二つの生い立ちをとうとうと語る奥の深~い話しに、感心させられた。
機関銃のように連射する言葉と早いフットワークに聞き漏らすまいと追いつくのも大変であった。
そんな大先生の前に、これも巡り合わせの偶然に、ご挨拶申し上げたら、あの懐かしい声が返ってきた。これから横山宿(八王子)まで案内されるようであった。
さ~てどんな中身か聞きたかったが、ぞろぞろと集団を引き連れ、甲州街道を西下し、本陣を去って行った。

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