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薩摩・紀州 ・多摩郡の剣士集結

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あっと言う間に正月も終わってしまった。
「お屠蘇モード」から「仕事モード」へ拝を除いて、それぞれスイッチを切り換えて、新しい時代に向かって、敢然と立ち向かう時期である。
そんな折りに市内の無銭(無線)仲間4人で、今や発展の象徴で輝いてる立川の「がんこ」で新年会を実施した。
集まるのも家の主として孤高な「がんこ親父」も居れば、結集するのも「がんこ」で相応しい場所であろう。
こたつ部屋形式の個室に外部からの雑音もなくひざつめて談笑しながらの宴会は居心地の良い場所である。
しかし、人気の高い店だけに、確保出来るのも2時間ぴったり、時間が経つとさっさと追い出される。
そんなこともあって、時計を見ながら、先ずは寡黙に目の前のコース料理を食らいつき、パカパカ飲みまくる。
宴もたけなわ、程よく、酔いもまわったころ、それぞれ話が弾み、気炎が上がったのが、自然とそれぞれの出自の話しで盛り上がった。
仲間の一人目の剣客は幕末時期に討幕の活き上がる、薩摩出身で、酒の酔いも廻ってくると、言葉の端々に男ぽい薩摩の言葉が、出てくる。
曰く身分階級の世界は「竜馬伝」の土佐藩の世界に止まらず、薩摩も同じであったようで、さしずめ、身分の高い位置のご先祖であったようである。島津斉彬の国際化の夢を繋ぎ、ローハイドで有名なテキサスで10年在住された、バリバリの国際人であるところが流石凄い。
次いで二人目の剣客は徳川宗家に世継ぎの御三家、水戸・尾張・紀伊の紀伊地方の出身であった。計算だかい関西商人とは違って持って生れた本人の性格と恵まれた育ちからであろうか、武士の風格さえ感じられる。
せかせかしないおっとりした感じは豊かな財力の基盤を背景に、御三家を思わすような感じがする。
一方では立志伝に燃え、幕末の志を持つ様な気風で紀伊から江戸に出て戦う、外国系の技術者である。
そして三人目は今をときめく「竜馬伝」で出てくる岩崎弥太郎が起こした大財閥の企業に身を置くバリバリの某電機会社に勤める技術者である。
出生地は近藤勇の生家、武州多摩郡上石原村近くの産で宮川家に親戚縁戚を持つ、孤高高い人物であると言われるが、果たして先祖は名の通った剣士であったか、判らなかった。昨年は宮川宗家のお願いなど1年あまりの苦労を共に、多摩の母校の同窓会に天然理心流の演武披露を実現したことなど。
話題に尽きない、凄い逸材の集まりである。
当然のことながら140~150年前なら、「討幕」か「佐幕」か血気にはやり、至近距離からたちまち刃の向け会い、斬りあいに血の海の世界であったかもしれない。
そこまでタイムスリップせず、歴史の蘊蓄(うんちく)を語りあい、ささやかな平和な確かめ会う一時であった。
燃え上がる浪士も時には、企業戦士として第一線の戦いに疲れ、酔いと談笑の心地よい響きに、何時の間にか子守歌の世界に入ることさえ過去にはあった。
そんな姿に「あ~あ、疲れているんであろうな」とも冷やかし、勿論、後々の酒の摘みのネタになってしまうので名うての剣士の薩摩・上石原村はちょっぴり身構え、酒量は控えめの姿勢は貫いていた。(可哀相)
そんな話しに何処の馬の骨か、判らぬ水飲み百姓の小生はただただ関心して聞くだけであったが、実に楽しい宴席である。
集結した4人の浪士、流石、チョンマゲは無かったものの、武士の嗜み、何時も、何処でも、肌身はなさず、腰に帯刀に非ず、無線機を下げて、馳せ参じる者も居れば、勿論水飲みの身分は丸腰での参画であった。
あっと言う間の楽しい2時間であったがやはり、収まりが付かず、場所を変えて2次会席へ。
「討幕」でも「佐幕」でも、桜の咲くころ、平山城址の桜の木の下でまた果たし合いを約束して散会した。

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02、幕末」カテゴリの記事

コメント

楽しそうですね!
みなさまの様子が伝わってきて、目に浮かぶようです。
ひきつけられる文章だなあと。

「血の海」にならなくてよい現代は
よい時代ですね^^

これも、140年前の先達達のおかげだなあと
感慨深いことでした。

投稿: 薩摩おごじょ | 2010年1月18日 (月) 20時53分

ありがとうございます
飲みに行っても、4~5人が良いところで、それぞれ由緒ある御国に自慢に花を咲かしました。
幾ら強がりを言っても、第一線のサラリーマンはお疲れのようで、人の話が子守歌に、気のおける安心感から気持ちよく寝る事も、あります。(笑い)

投稿: 隠れ新八 | 2010年1月18日 (月) 21時48分

こんにちは。
今年もよろしくお願いいたします。

無銭(無線)仲間の新年会面白そうですね。
昨日うちの旧土佐藩士(社長)も新年会へ出かけてゆきました。
旧土佐藩士が6人も集う会だったそうで、そのうち4名が浪人だったそうです。
酔鯨が6匹?!と思っただけで鳥肌ものですが、午後5時から午後9時半まで、たっぷり飲みまくったそうですよ。

私は友人宅で越後美人?新年会を致しましたが、お茶とお菓子とちらし寿司という、おなごおなごした会でした。

大河ドラマの「龍馬伝」も好調にスタートを切り、今年も幕末フェスティバルで盛り上がりそうですね。

投稿: ねこ江戸 | 2010年1月19日 (火) 15時36分

ねこ江戸さん
ようこそいらっしゃいました
「土佐藩士」やら「天地人」色々
話題を呼び、賑やかで何よりです。

ねこ江戸さんは「土佐藩士」組の方が
良かったのではないでしょうか?(笑い)

竜馬もいよいよ、江戸の千葉道場ですね
益々、楽しみにしております。

投稿: 隠れ新八 | 2010年1月19日 (火) 22時07分

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