« 海運史を飾る浦賀 | トップページ | 武道で生きた「千葉さな」と「中野竹子」 »

龍馬と千葉さな(一部修正)

Img00211

「龍馬」が江戸に行き、北辰一刀流の千葉道場に入門する。桶町千葉道場を開いた千葉定吉の娘の「さな」と出会い、「さな」が「龍馬」に腕試しを願い出る。
「さな」の息する暇無く、激しく襲いかかり素早い竹刀さばきで打ち込まれ、土州藩士に剣客とも言われた「龍馬」も圧倒され、江戸の剣術のすごさに驚かされる。
そんな「さな」の逞しく凄い姿が、大河ドラマからの印象であった。
「千葉佐那」千葉さな子とも呼ばれる。
桶町千葉道場を開いた千葉定吉の娘。初名は乙女。
小太刀に優れ、10代の頃に早くも皆伝の腕前に達し北辰一刀流小太刀免許皆伝を持ち、長刀師範も務めた。
美貌で知られ「千葉の鬼小町」あるいは「小千葉小町」と呼ばれたという。
16歳のころ、北辰一刀流桶町千葉道場に学びに来ていた「坂本龍馬」と知り合い、後に婚約を交わしたとも結婚したとも言う。龍馬が姉・乙女に宛てた手紙いわく、馬に乗り、剣も強くて、長刀も出でき、力は普通の男よりも強い。十三絃の琴を弾き、絵も描き、物静かな女性。顔形は平井加尾より少しいいとのこと。
龍馬の死を知った後も彼を想い続け、一生を過ごした。
「さな」の実像は果たしてどんな姿であっただろうか、口伝しか伝わらず、絵や写真は無く全くの想像の世界であった。
そんな背景の中で「さな」を描いた錦絵が見つかり、朝日新聞にも報道される位に話題になった。
しかし最近になって錦絵の作品の中に長刀(なぎなた)を手に取って男性と戦っている女性は「千葉貞(てい)」で、千葉周作の孫、周之助之胤の姉妹にあたることが判り、「さな」とは別人であることが判った。錦絵が描かれた撃剣会の番付表が残っており、そこに「千葉てゐ」の名前が確認でき、菩提寺の仁寿院の墓所にも「千葉貞」の名前が刻まれている。ことなどそれを裏付ける記録が確かめられている。

明治6年(1873)深川で開催された千葉一門の撃剣会の様子を描いた3枚1組の錦絵に描かれてあった。当初、「さな」節を発表されたのは龍馬研究者の京都国立博物館考古室長の宮川禎一さんであったが、誤りであったことを認められたようである。

維新後は学習院女子部に舎監として奉職した後、千住にて家伝の針灸を生業としてすごした。死後、身寄りがなく無縁仏になるところ、山梨県の民権運動家として知られる小田切謙明が哀れみ、小田切家の墓地のある山梨県甲府市朝日5丁目の日蓮宗妙清山清運寺に墓がある(引墓のようである)。墓石には『坂本龍馬室』と彫られている。

「龍馬」の妻となった「おりょう」による千葉佐那評が悪意に満ちていることを考えると、龍馬と佐那との関係はかなり深いものであり、坂本家での佐那への認識が相応のものであったと推定される。
「おりょう」は当サイトでも紹介した写真でもある通り、まれに見る美人であり、再婚しているが「さな」がどういう姿であったのであろうか・・・。両女性共「龍馬」を思い続け,ひっそりと亡くなっているのは共通しているところである。
2001年に「おりょう」の写真を見つけ出したのも宮川禎一さんであり、今回も龍馬に関わる新真実を発見されており、幻の世界から実像の姿に繋げる探索力にわくわくさせられたが、残念であった。

新聞・TVにしても、センセーショナル記事に疑いもなく、乗せられ、後になって実は言う話しに、中々修正報道、記事は目に付かない。後になってネットによって初めて見る事実に、メデイア情報の危うさも伺える。特に歴史記事は感情によって流されることもあるようだ。

|

« 海運史を飾る浦賀 | トップページ | 武道で生きた「千葉さな」と「中野竹子」 »

19、坂本竜馬」カテゴリの記事

コメント

 全面見直しの会津鶴ヶ城の美しく、また貴重な写真や解説に魅了されました。
 中でも、中野竹子の銅像にうっと来るものがありました。
 それで、さなと竹子の年令を調べてみたのですが、さなのほうが10何歳か年上なんですね。
 印象は、さなの動、竹子の静。

 いつか、鶴ヶ城行ってみたいなあ。 
 

投稿: 鳴門舟 | 2010年3月10日 (水) 06時31分

あの天守閣にあがり、抜群の眺めの良さは最高でした。しかし、政府軍に取り囲まれ、砲弾の集中砲火に1カ月、良く耐えたと、感慨深いものがありました。
バスツア~で、追い立てられるようでしたが、時間かけてじっくり、見たい場所ですね

さなと竹子、場所は違うが薙刀を振りかざして、勇ましく、生きた2人。同じ時期に重なるんですね~。

投稿: 隠れ新八 | 2010年3月10日 (水) 17時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 龍馬と千葉さな(一部修正):

» ケノーベルからリンクのご案内(2010/03/06 09:38) [ケノーベル エージェント]
甲府市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

受信: 2010年3月 6日 (土) 09時38分

» 来年の大河ドラマに絡み、早くも“龍馬”商法が活発に [中年サラリーマンお父さんもりもりのビジネス講座]
来年のNHKの大河ドラマに絡んでJTBや近畿日本ツーリストはゆかりの地の訪ねるツアーなどの販売を開始したそうです。まあ、大河ドラマ絡みの商売はまいどの事なんでしょうが、やっぱ歴史上の人気のある坂本龍馬ですから、各社結構期待しているんでしょうね。各社様々な工夫を凝らした企画をいっぱい考えているとのことです。私も、高知は二回行きましたが、特に龍馬ゆかりのところを回るということはしませんでしたね。まあ、桂浜には行きましたけど。「竜馬がゆく」は高校時代に読みました。さすがに面白かっ...... [続きを読む]

受信: 2010年3月 6日 (土) 12時19分

« 海運史を飾る浦賀 | トップページ | 武道で生きた「千葉さな」と「中野竹子」 »