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京急沿線に龍馬を追う

Image1                         <おりょうさんの街、大津>

京浜急行の沿線には龍馬の関わりが大変多いことは既に当ブログでも紹介している通りである。
全国的に大雨が災害を起こしているが関東では梅雨開けとも思える、夏のの日が容赦無く照りつける中、又来てしまった。
京浜大津は閑静な住宅地で駅付近に僅かな店があるが、淋しい場所である。「おりょう」の墓がある「信楽寺」がここにあり、その姿に明らかに「おりょう」をフアンが三々五々訪れている。
京で「龍馬」と出会い、寺田屋で深手をおった「龍馬」と手を携え、 九州での新婚旅行など蜜月の時代を送ったが、「龍馬」は新国家創成に日本中を駆けめぐるなか、襲撃され亡くなってしまう。「龍馬」との生活は僅か3年程で、あるがその後30年近くを横須賀で再婚し、暮らしている。墓も立てられない零落した暮らしぶりであったようだが、「龍馬」との事実が判り、没後立派な墓が立てられた。

Image2111                                      <はまかわ砲台>

京急を上り「立会川」で下車する。
「おりょう」さん見たら「龍馬」に寄らない訳には行かないだろう。
「龍馬」は、嘉永6年(1853)3月に土佐藩を後に剣術修行の江戸に着くが折しもペリー艦隊が浦賀へ、更に羽田沖までに侵入する。幕府より各大名へ湾の警護を命ぜられ、土佐藩は立会川川口付近にあった土佐藩の下屋敷(現品川区大井)警護のために砲台を設置する。江戸詰の武士を含め一兵卒だった「龍馬」も動員される。
この「浜川砲台」見た黒船が「龍馬」を国防の必然性に心を開いていく。
浜川橋のたもとから立会川が海に注ぐところまでが土佐藩抱屋敷であった。「龍馬」は屋敷と砲台を通ったのである。
砲台で使われた基礎の石が見つかり、砲台跡に飾られ往時の姿を僅かに留める。駅には等身大の龍馬像が出迎えてくれる。

Image11111                                     <吉田容堂の墓>

「立会川」駅から第一京浜を越えて浜川中学校側に行き、広大な土佐藩の下屋敷跡を確かめる。第一京浜を上り鮫洲に向かう。第一京浜に面した高台に大井公園に到着するも、此処も下屋敷の一角にその大きさに驚く。
ドラマでは丁度、吉田容堂は、吉田東洋を暗殺した土佐勤王党の大弾圧に乗り出し、首領の武市半平太(瑞山は切腹を命じられ、他の党員も死罪などに処せられ、土佐勤王党は壊滅させられた。
容堂は幕政に参画し井伊直弼、安政の大獄で謹慎。文久3年(1863年)京都で会津藩・薩摩藩による長州藩追い落としの軍事クーデター(八月十八日の政変)佐幕派による粛清の猛威が復活した。容堂も謹慎を解かれ、土佐に帰国、土佐勤王党の大弾圧が行なわれた。
明治政府樹立まで、徳川宗家温存路線を押したが、薩摩・長州勢に主導権を握られ討幕に押し切られる。
ドラマでも酒を欠かさず飲んでいる姿に、情が入っての意見の変化が多いようである。
晩年武市瑞山を殺してしまったために土佐藩内に薩長に対抗できる人物を欠いて新政府の実権を奪われたと考え、これを悔やんだとも言われている。
その吉田容堂の墓が大井公園にある。かっては眼下の江戸湾が拡がる眺めの良いところで、巨大な石階段が隆盛を誇った財力を物語っているが、年月の経過に石段が歪んでいる。
吉田容堂の墓から海側に進路を取り、旧東海道を品川宿まで歩き、この暑さに倒れこむ様に品川駅へ

因みに京急沿線では神奈川駅の旧東海道の神奈川宿(現台町)にはおりょうさんが勤めた割烹旅館「田中家」がある。更に横須賀中央駅から米が浜通りには西村松兵衛と暮らし此処で亡くなった終焉の地碑とおりょうさんの胸像が優しく出迎えてくれる。

このように京急沿線は、旧東海道、土佐藩屋敷、砲台、おりょうさん終焉地、海軍基地など龍馬との接点が多いのである。

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