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被災にあった佐原、佐倉の街

Sawara304江戸時代、佐原は 利根水運を利用し江戸との交流が隆盛をきわめ、醸造業や商業が大いに発達した。江戸から文人墨客が往来し、佐原の文化形成を成している。佐原を代表する商家の一つ伊能家は佐原支えていた。全国を測量して地図を作った伊能忠敬も養子に来て伊能家を支えた一人である。
利根川に分流する小野川と香取神宮に通じる香取街道には江戸時代の建物が多数残り、文化財として保護され、街ぐるみ江戸の街並みをそっくり残している。
香取神宮の重厚な本殿や、伊能忠敬が残した遺産、それを包み込んだ小江戸と言われる歴史の佐原を一回りした。
更に佐原から南西方向で約30㎞で結ぶ佐倉も歴史を残す大事な場所である。
佐原から佐倉へ廻ったのが昨年(2011)の11月のことであった。

佐原は江戸風情が残る小野川沿岸の風景を観光遊覧船から眺め、のんびり時を過すのもまた楽しい。
周りを憚らず、ほぼ、横になっても、咎められる事は無い。短い足を思い切り延ばして勝手きままな姿で、位置取りして、軽いエンジン音で船は走り出す。風もなく、真っ青の空、ゆっくり動く空気が何とも心地よく、石垣を超え、見上げる古い街並みにすっぱり、時を戻す、タイムカプセルに入った感じがする。

小江戸と言われる歴史の佐原を一回りした。
舟を操る、深い笠を被り、頬っ被りで隠した着物姿のお姉さんは真っ白い素肌の乙女姿を勝手に想像してしまった。素顔がどうしても気になる。ドギマギしながら下から見上げると、タオルの内側は日焼けし、かなり風化した何十年前の素朴なお姉さんであった。

小野川を散策中、同行者が「正斎貞亮書」の宝物の石碑を街角で発見した。「正斎」は佐原中宿の人、江戸の昌平黌で漢学を学び、書の大家として有名であった。剣術に長じ、千葉周作とも親交があった。
日野宿本陣の玄関の間の扁額「乃武乃文」「正斎」の作品として、馴染みがあるが、佐原で代表する、著名人の一人であった。
「佐藤彦五郎」と「正斎」とが文化人としての接点から、日野にも作品が残されたと想像するが、そのルーツをこの碑が語りかけてくれた。

佐倉は城下町であるが、その佐倉を代表する一つは、「佐藤泰然」が幕末に西洋医学を取り入れ優秀な人材を育てた場所が佐倉順天堂である。幕府軍医「松本良順」は息子であり、「佐藤彦五郎」の息子の養子先の有山家からも優秀な人材の一人として順天堂の歴代理事を務めている。
そんな医学のルーツと日野との関わりを確かめることができた。佐原と佐倉、何れも日野との繋がりがあることが、この旅の大きな収穫でもあった。

そんな佐原の街並み、佐倉を楽しんだのが昨日のことのようであった。それが、あの3.11で夢が吹っ飛んだ。

佐倉の順天堂記念館から、生々しい情報を手紙で頂いた。それによると

『3.11は震度6近い大地震に見舞われた。激しく、且つ長く揺れる地震に建物が倒れるのではと心配されたようであった。幸いに漆喰など一部が損傷しただけで大事に至らず、それでも数日間の臨時休館の後、通常通りの開館をしている。』とのことで、経験のない大きな地震であったことが伝えられている。

<佐原の街の姿を震災前後で対比してみた>・・・震災後はネットから引用

福新呉服店(明治28年)震災前

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震災後の姿 、左は福新呉服店で右隣はそば屋の小堀屋本店、梯子が架けられ復旧工事にかかっている。当時、毎員盛況で時間をかけての手打ち蕎麦を食べたのが此処、小堀屋本店であった。Fukusin11111 

正文堂書店(明治13年)震災前

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震災後、一・二階の瓦が殆ど落ち、下地がむき出しである。 看板も落下物で覆われ、道路は大量な落下物で積まれている。激しかった震災の模様が伝わってくる。

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観光船が走った、小野川震災前風景

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震災後、小野川の護岸の石積み部分が崩壊、道路も一部陥没している。

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街のいたるところで激しく屋根瓦は崩れ落ち、土蔵は土を剥き出しになった。道もいたるところ、損壊しているようである。大震災により、町並み景観はかなり崩れた。しかし倒壊が無かったのはせめてもの救いだったのであろうか。かなりの激しい深手を追ったが、再び往事の街の姿に恐らく復元しているのであろう。唯一、江戸を語り継げる、風情ある街並み。再びの賑わいを見守りたい。

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