日本海海戦
年越しのロングドラマも最終回を迎え遂に終わってしまった。
高い山の切り立つ尾根筋の瓦礫を背景にたなびく雲を背景に流される、あのテーマ音楽が、何時までも耳に響き、わくわくするような感覚に思わずテレビの前に釘付けになってしまった。
12月28日の朝日新聞に"戦艦三笠、39年振りのにぎわい"と報じられ、年間見学者が、平時10万人 を越え、18万人を越える勢いであること、改めてNHKドラマの影響の大きさを感じさせられる。
拝も5月に横須賀に押しかけ三笠艦橋に登り、三笠に見学した中の一人であった。
最新鋭戦艦4隻を擁し、世界最大・最強レベルと言われていた巨大艦隊のバルチック艦隊を日本海で向かい撃ち、完膚なきまで叩き日本艦隊の勝利で、ドラマは終幕を迎える。
海戦が何故これまでに完璧終わったか、節々に伝えている。
1 )情報能力のツール
戦力を集中して1箇所でバルチック艦隊を捕捉迎撃するには位置と向かう方向が大事な情報である。
ロシアが有視界の旗信号に頼っていたが、貨客船「信濃丸」の三六式無線電信機から、日本艦隊に いち早く情報を伝え、大事な役割を果たしている。
モールス符号を使った無線電信は当時の最新鋭のものであったが、古典的な原理の無線機であり、モールス符号も既にプロでは使わなくなり、趣味のアマチュア無線の一部で使われている程度に淘汰されてしまった。
それはさておき、いち早く伝えられた情報を基に、艦隊編成を伴う次の作戦計画にに如何に重要であったかを物語る。
2)「丁字戦法」で緒戦を飾る
この時代の軍艦は砲の多くが舷側に並んでいるので、横方向に砲撃できる単縦陣が主流であった。
先頭をいく旗艦「三笠」は大胆に敵前大回頭、いわゆる「丁字戦法」「トーゴー・ターン」の開始であった。
しかし、敵前での回頭は危険の状態を晒し、ドラマでも当初は先頭の「三笠」に攻撃を集中し、多数の命 中弾を受けていた。そんなリスクを負いながら、単縦陣でまっすぐ進む敵艦隊に対して、進路を横にふさぐ形の、丁の字の体勢を形成する。
敵の後続艦が遠いうちに、味方の全艦艇の側方から先頭艦へめがけて一斉に砲撃する。連合艦隊の砲弾が バルチック艦隊先頭の2艦に多数命中し、「オスリャービャ」と「クニャージ・スヴォーロフ」で火災が発生する。
緒戦の砲戦でバルチック艦隊は統一のとれた艦隊運動が行なえず、連合艦隊が追撃し集中砲火で多数の艦船が炎上や沈没へ向かう。
3)『飛んでくる水雷』
秋山真之が大本営に打った伝文が「天気晴朗なれど波高し」の天候であった。
軍艦の装甲構成は艦の水線付近は厚く施され、水線以下は海水が土塁の役割を果たし、装甲は全くされて いない。当日は波高しでロシア艦隊が絶えず動揺し、腹(水線以下)を見せるために其処へ日本の砲弾が命中し、海水が入り艦は傾き沈んだ。波高しは魚雷と同じ結果を引き出した下瀬火薬を詰め込み伊集院信管をはめ込んだ 主砲弾頭である。
『飛んでくる水雷』とも言われ恐れられた三笠の後部主砲下に置かれてあった。
4)射撃能力の高さ
鎮海湾で砲員の訓練で日本艦隊の射撃能力の高さはロシアの倍以上。100発中70発の命中の域に達し新たな数隻の戦艦、装甲巡洋艦などが戦列に加わった鮮烈に鮮烈にを増加した結果になる。
砲撃は一門だけが試射し、水煙を見て、その弾着を確かめて艦橋上から各砲台に距離を知らせ、正確な着弾が目標に向けられ、精度を高めた。
数隻の戦艦、装甲巡洋艦などを増加した結果になる。砲撃は一門だけが試射し、水煙を見て、その弾着を確かめて艦橋上から各砲台に距離を知らせ、正確な着弾が目標に向けられ、精度を高めた。
◇勝利に終わったが
撃沈された戦艦6隻、巡洋艦4隻、 死者約5000人、捕虜6100人 華々しい戦火を上げた大勝利に終わった。
しかし、連合艦隊の凱旋を前に三笠は佐世保港内の係留中に謎の爆破で、339人の船員と共に海底に沈没してしまう。
坂の上の雲の主役秋山真之はこの海戦の中枢を担う一人として活躍した。
戦略家として卓越した手腕や、文書も非凡な才覚を持ち、海軍幹部として将来を約束された逸材であるが、天才と狂人が同居しているとも言われ、穏当な官僚でもなくこの海戦で燃え尽きてしまったのか、50歳で病死してしまう。
華々しい海戦の陰に、こうした事実も、残しながら、歴史的な海戦であった。
NHKドラマとして、何度かエントリーされながら、消え、司馬遼太郎没後、3年越しのスパンで漸くドラマは終わった。
三笠の見学を含め、その姿をこちらでも書いてみた。
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