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「八重の桜」千本木牧場

Img_453111111那須須塩原へ4家族でドライブ
アクセス先は小さい子も居たので、楽しめそうな所を選んでの旅であった。
その一つが千本松牧場で、子供が一緒に戯れる小動物や乗り物があり、ちびっこ達が主体の家族が多かった。アドバルーンが物凄い音を立て離陸し、浮遊する、ミニ空中旅行も楽しそうであった。
牧場の一画に「八重の桜」が咲いていた。
戊辰戦役では広大な栃木県下は激戦地もあったが、「八重の桜」がどう繋がって いるのか一瞬、考えたが、浮かばなかった。

どうやら千本松牧場の広大な土地の一部がロケで使われていたのだ。
そんな背景から、架設の建物で「八重の桜」のPR主体の番組展が実施されていた。
併せてロケ地ツアーも、準備されている。

意外な巡り合わせで「八重の桜」と出会えた。動物達との触れ合いは任せ、一人、八重さんの展示小屋に駆け込んだ。八重さんの衣装や、写真の展示。ドラマのダイジェクト版が映写コーナーで流され、一人独占で見てしまった。

千本松牧場でのロケで代表的なシーンを想い浮かべて見る。、

◇草原に桜の大樹

              <左に尚之助が見上げる木には八重が登り、二人の対話が生れる>

Image11向学心旺盛な八重は木の上で砲術本を無心に読むが、毛虫に驚いた拍子に本を落としてしまう。
たまたま通りがかった武士は江戸から覚馬を援助しようとやってきた尚之助で、その本を拾い上げる。
蘭学所の整備を急ぐ覚馬の協力者となり後の八重の夫となる尚之助との出会いは此処から生れる。

八重のお気に入りの読書スペースとなったり、高見の見物場所となったり、この木は八重と会津の人々を見守る、大事な場所である。
ドラマで度々、登場すえう丘の上にそびえる見事な桜の木のシーンは千本松牧場で撮影された。
シンボルとなる桜の木はNHKの美術スタッフが、高さ7m、幹周り2mの巨木を1ヶ月かけて作ったようであり、イメージ作りに、長期間に渡り、大工事により準備され、その心ゆきを感じられる。
そんな情景に此処千本松牧場の広大な草原の自然がドラマ作りに大事な役割を演じている。

◇「追鳥狩(おいとりがり)」

      <馬に跨がり、武具で装備された武将達、鳥を追う、勇壮な姿が繰り広げられる>

Image21111 

会津藩の役割は奥羽の抑え、防御の盾の役割にある。ところが高遠以来の寄集め軍団である会津藩は、過去に戦いの実績を持っていなかった。
徳川家と親戚で、東北第二位の大藩といえども、戦闘実績のある上杉や伊達に対し、軍備強化の備えが必要であった。
会津藩の軍事訓練は追鳥狩と言って、鳥や獣などを野原に放し、整列した侍が一斉に捕まえるという訓練があった。

ある種の軍事デモであり、会津藩の結束力、組織だった統制力を内外に披露し、総合的な軍事力を見せつける、ものであろう。前の晩から野宿して、夜明けと共に演習が開始され、他藩からも見学に来るほどであったと言われている。

会津藩士が最も張り切る軍事操練「追鳥狩」の真骨頂である模擬戦の最中に事件が起こる。
「一番鳥」の本命と目される番頭(ばんがしら)・西郷頼母が一羽の鳥に狙いを定め竹鞭を振り上げたとき、八重が邪魔をしてしまったのだ。そこへ藩主・松平容保が現れ、八重を救う。
追鳥狩の壮大なシーンも此処千本松牧場が使われた。

会津藩の軍事力、規律の厳しさ、警備の意識の高さなど、非常に高い評価を得ることになった。江戸湾三浦半島警備、江戸湾品川のお台場警備、更に京都守護職、などの受諾に繋がっていくが、一方では悲劇の幕開けとなった。

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