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百花繚乱の新選組まつり

新選組まつりも漸く終わった
祭りの華、新選組パレードは 此処数年、市役所のメイン会場から旧甲州街道に変わった。 前日とは打って変わり好天に恵まれたこともあって、本陣では凄 い人出で入館者は昨年900数十名、今年も1000名の大台を越え る賑わいであった。

祭りに先立ち、先月、JR東日本企画の 新選組特別お座敷列車で行く「新選組ゆかりの地を訪ねる旅」と 言う特別列車が仕立てられ会津に向かったが、120名の定員には ほど遠い、結果であった。 JRならではの特別路線で、お座敷のくつろいだ雰囲気で、その まま現地へ行ける贅沢な旅に鉄ちゃんや新選組フアンにはたまら ない旅であったと思えるが、如何せん前触れが短く、宣伝不足 ;もあって、参加喚起に結びつかなかった。

しかし、新選組祭りは例年の恒例行事の、全国版として浸透し、 新選組に対する熱い熱気は覚めやらず繋がっている。

今更言うまでもないが5月11日は歳三の命日、新選組が一番輝 いていた時期の隊列行軍姿に、憧れ、自ら隊士になりたい、あるい は近寄って見たい、活字では伝わらない新選組の姿をしっかりと焼き付けたいのであろう。

          <本陣、18畳の名主の仕事部屋>

Image開館間もなく、次々と人の群れ、 土間の簀(すの)子に周辺には瞬く間に脱いだ靴で埋まってしまう。

土間に 繋がる巨大な18畳の名主の仕事部屋から畳みで、奥の部屋 に繋がるが、忽ち人の渦で埋まってしまう。 直に畳みの上に座って、文久3年(1863)建立の以来の幕末の 空間の中、日本古来のを和室の心地良さを確かめてもらう。

継いで式台に繋がる玄関の間は板戸で仕切られ、大名を迎え、そして見送る、 この建物の中でも、重要な役割を担っている。
式台の戸は開け広げ、 季節柄五月の風が吹き抜け、大変気持ちが良い。中庭を挟んで北側の 広場はテントが張られ、催し場のメイン会場になっている。
遮るものもなく、 大音響が直に伝わってくる。「ドーン」と打ち鳴らす、太鼓と小太鼓の連打の場面 では最早声も届かず、大声を張り上げるか、鳴りやむまで待つしかない。

◇夢の世界

催しのピークを過ぎた一時、静かな空間が生まれる。詰め寄って座られる人の群れに、 アイコンタクトで確かめながら、話を進める。目をやると、大半が頷いているが、そのうち の何人かは、目を瞑っている。炎天下の資料館巡りにお疲>れか爽やかな風もあって、 気持ちよさそうに寝ている。
歳三が京から江戸へ、疲れもあって寝てしまったこともあっ て、時代を越えて歳三気分で眠りを誘う場所、案内の言葉も子守歌に聞こえることであろう。

◇歳さんの世界へ

混雑の中、式台付きの玄関口では着物の姿の女性が隅っこで座ったまま目を閉じ、 沈降思考の世界で動かなかった。 歳三の姿を思い浮かべ、歳三の世界へ浸ってているのであろうか?

この雑踏の中、居に介さず、居続ける、「泰然自若」の凄い根性に関心する。

文久3年(1863)歳三は建物の完成を見ないまま、浪士組として上洛、池田屋騒 動などの後、元治元年、隊士募集で伊東甲子太郎、斉藤一と江戸へ東下し、 歳三が同家に訪れている。

丁度、大河花燃ゆで、話題の吉田松陰がペリー来 迎時の密航を加担した罪で佐久間象山が、信州で蟄居を命じら>れた。 蟄居を解かれ、象山の寓居で勇と歳三が訪れた際に書を貰っている。 その書が佐藤家に訪れた時におみやげで渡されている。開国論者攘夷で向き 合う勇と歳三がどんな話がされたのであろうか・・・。

◇情報に踊らされ

一回りして、スタートした元の仕事部屋に戻ると、次のクルーが待ち受け、大声に 喉の痛みも癒えないまま、こんな繰り返しで一日が終わった。

その合間に書類を抱えた親子の二人連れ、「刀の切り傷は何処かと」真面目に 食い下がられる

此処は前川邸ではないので、そんなものはない旨、伝えてたが何処かの情報に、 刷り込まれ信じきっている。
安易に吸い上げられ、情報が溢れる世界で あるが、一瞬考えてしまった。 その出所を確かめたかったが、喧騒の渦の中、時間も取れず、こんな話しも飛び 交うのも、まつりなのである。

閉館時でも、大勢のフアンが去り難く、何時までも、居残り、確かめていた。 百花繚乱、漸く終わった。目の前を通り過ぎた人々の渦が、走馬灯の如く焼きつ いていた。

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