« 山本耕史が演じる「石田三成」と「土方歳三」 | トップページ | 明治天皇行幸と御膳水 »

身近な所に千人同心

<兜から胴着、手、足まで武具で固めた鎧姿に臨とした戦う兵士の姿が今にも立ち上がり、軽妙に動き回るような錯覚を覚える。千人同心の姿である>

Img340_2 隣の八王子市街は東西に甲州街道が走り、その一角に「千人町」がある。江戸時代は幕府家来団の一組織である
「千人同心」が住んでいた武家屋敷が立ち並んでいたが、明治維新で明け渡され、その面影さえ無くなってしまった。
元々武田の軍事集団であったが、戦いで破れ、幕府の配下で甲武国境の警備を目的に本拠地を八王子とした「八王子千人同心」として明治維新まで約280年間続いた警備集団である。
幕府からの公務以外は農民として生活していた特異な集団である。日光の火の番を主な仕事とし、幕末の激動期は近代兵制を取り入れ、洋式軍隊化された幕府の一精鋭部隊であった。
10組、100人の組織で、総員約900~1000人が構成されていた。
千人隊は幕府の旗本身分として、年貢収入を得る知行地を与えられ、武蔵(八王子・調布・世田谷・神奈川県横浜)上総(千葉君津・木更津・袖ヶ浦)などに分散していた。
寛政の改革によって文武が奨励され、剣術を中心とする修業が活発化し、天然理心流など門弟も多かった。

◇千人同心の末裔、
知友のI さんは八王子の千人町にお住まいである。
奥様はバリバリの千人同心の末裔であり、千人同心と関わりを持つ家柄である。
現役時代は某電力会社のサラリーマンであったが、退職後は千人同心の深い関わりを背景に、先祖起こしを兼ねて、幕末史を追っかけていた。
千人同心の末裔を主体とする人々が集まり、千人同心の事蹟研究や霊を慰める「八王子千人同心旧交会」の会員として、千人同心の意志を継いでいる。

◇千人同心の姿を重ねる
約280年の伝統基盤を持つ集団で、遠くは慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに出陣した戦国時代から、始まる。
文久2年(1862)将軍家茂に属縦し、上洛している。慶応2年(1866)の第二次長州征伐に加わったが、家茂公の逝去の報に指揮官の老中小笠原が小倉から逸走、征長軍も総崩れ、征長軍引き上げ令が下り、千人同心も引き上げる。
その後日光勤番、横浜の警衛に加わっている。
第一線で活躍した同心だけに、ひょっとしたら、高杉晋作あたりと一戦交えたのであろうか、同家に色々資料があったそうだが、当時の歴史研究家に渡した資料がそのまま散逸してしまったり、市内は空襲で焼け尽きており、殆ど残っていないようである。

|

« 山本耕史が演じる「石田三成」と「土方歳三」 | トップページ | 明治天皇行幸と御膳水 »

11、千人同心」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/211410/66871644

この記事へのトラックバック一覧です: 身近な所に千人同心:

« 山本耕史が演じる「石田三成」と「土方歳三」 | トップページ | 明治天皇行幸と御膳水 »