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海外留学生の日野案内

                 <何時も賑わう、高幡不動>Image2111昨今の外国の観光渡来はブームとなっており話題になっているが、此処日野の最前線ではその片鱗が見受けられる。
アニメからか、新選組大好きで、中国から2~3回の本陣レピータも今や珍しくない。
そんな背景もあってか、口コミでの浸透から、来日した留学生から観光誘致を図ろうと、そんな活動に遭遇した。そのターゲットになった一つが早稲田文理専門学校であった。

当校では色々間口が広いがその中の一つクリエイター系企業および全国の・大学と連携して「クリエイター教育」を実践している。
今流行りのゲームの企画や制作を行なう遊戯開発者を文部科学省委託事業の後押しもあって育て、ゲーム開発、アプリ開発、IT系の会社に送り出している。
留学生を支援するサポートシステムから、中国、香港、台湾、韓国、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、マレー、ネパール、等々東南アジア系の若者を生徒として受け入れている。
そんな背景から、先ずは観光日野を理解し、核となって、貰い留学生の仲間から、裾野を広げたいと言う主旨から、学外教育が実施された。

◇学外授業で来日野

       <彼らを待ち受ける高幡不動参道>

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       <それと判る、姿で賑やかに彼らがやってきた>

Image311東南アジアの海外留学生を学外授業の一貫で中国を中心に周辺の国々から約20人の若い男女の生徒を日野で迎えた。
専門学校において、教育を受けるに足りる日本語能力を有する者と言う、入学条件から、通常の会話は殆ど出来る能力を持っている。
しかし、日本史や新選組を背景とした幕末史について、どの程度の理解を或いは興味を、全員同じフェーズを持っているか全く不明であった。
高幡駅から高幡不動、一般バスに乗って日野地区へ、その間の拠点巡りは国柄み、仲間絡みの烏合集散で、やはりお国柄の文化であった。規範重視の日本とはかなりの隔たりに、「集まれ~」と言って、何処吹く風、群れ衆の時間コントロールに取り巻きは苦慮していた。

◇高幡不動案内
そんな中、高幡不動ではご住職が付き切りで、親切に彼らを案内してくれた。

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但し、肝心のご案内は日本人と同じ口調であったので、その背景をどの程度理解しているのか判らないまま、仏教の始まり、平安時代の大日如来、真言宗などなどご高説賜った。
頷きもせず、ひたすら聞いていたが、一方通行ではなかったか、質問さえ全く生まれなかった。
そんな流れの中で、「不動堂」で護摩の修業を受け、奥殿で国宝級の展示物や、新選組絡みの書物や木刀などの見学から境内の真ん中を通り山門を潜り「大日堂」唸り龍の鳴き音まで確かめ、VIP並のフルコース案内であった。

       <「大日堂」の案内>

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(護摩炊き)
「不動堂」では霊霊しく一般客に混じって護摩の修業が行われる。

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護摩とは願い事を中央の御僧司が不動の力を借りて、護摩の木を燃やし、汚れの心、心のもやもやなど煩悩を護摩の木で焼き、心や体が清らかになることによって願いが叶う。これが護摩の修業である。
これから皆さん、願いが成就するよう、お祈りする。
多数の住職のなかで、朗々と響くお経が読まれ、毅然と行われる儀式に彼らも、大人しく修業を受けていたが、果たして護摩の意義を理解し、御利益を得たか、全く不明であった。
(歳三の手紙・写真・木刀)
奥殿では不動明王像始め、国宝級の展示物がある中で、檀家総代であった土方家を大事に扱っている。
歳三が家族に送った手紙で、当山の檀家であったこと。この手紙を綴った後、鳥羽伏見の戦いで命をかけて、戦に望んだ。
幕末であるが、髷を結っていない、恰好がフランス軍、西洋の格好をしている。
天然理心流の当時から伝わる木剣でこれで稽古に励んだ。大変長く、剣術を身につけた。
土方フアンであれば目を輝かす、土方との出会いでもあるが、彼らには未ださほど響かず、理解もされていなかった。

        <高幡不動で周回も終わり、集合撮影>

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(日野地区)
高幡でそれぞれ食事を済まし、一般バスで日野へ移動。
本陣で案内。土間に接する18畳の大広間で座って貰い、説明に及んだが、総じて眼は虚ろ、説明者の朗々の語り口も、虚しく、響くばかりであった。
挙げ句の果て、説明半ばで、取り巻きに急がれ、終了を余儀なくされた。
(最後に)
予定ではその後、神明の坂を登り、ふるさと歴史館に行く、予定を組んでいたが、一旦終了する。
希望者のみの参加を募ったようだが、大半は心非ず、そのまま脱兎の如く帰り、残ったのは僅か数名で当日の終演を迎えた。
これまで、案内した、経験から、案内する側、される側、一体となって、廻り、その残された史跡めぐりの出会いを楽しみ、確かめるものと思ったが、正直言って全く感じられなかった。
留学生相手の特異なケースではあるが、前日、前触れもなく呼び出され、何をどうしたらも、判らず準備不足もあったが、全くフェーズがあわなかった。
果たしてこれが、核になりうる人材なのであろうか、無為な1日ではなかった事をささやかに思いたい。

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