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21回新選組まつり、日野宿本陣にて

<パレードの先陣を飾る大きな旗、 当初は何とか行軍が行われたが、雨のため中止>

O05560426141900445731新選組に熱く燃える一日
迎える者、訪れる者、それぞれ期待感を持って臨んだが、天候だけは天に届かず、当日13日は14時頃から生憎の雨となる。それも、時間を追う毎に雨足が激しく、パレードは途中から中止になってしまった。

会場の一角で今年も案内役を仰せつかり、朝、会場に向かうと甲州街道はあちこちに仮設テントや、ビルの玄関口では出店の飾りつけで、本番前の準備で大わらわであった。
こんな祭りの風情が伝わり、気分も自然に祭りモードに自然と染まって行く。

<本陣前の中宿と言われる日野宿の中心に位置する、普段の甲州街道>

Image112しかし、同じ道を我が家に帰る折には激しい降雨に水たまりが生まれ架設の出店も既に撤収を終え、人影も少なかった。
皮肉なことに祭り当日の前後は好天であったことを考えると、今年は戊辰役で最後まで戦った新選組、土方歳三への涙雨の巡り合わせではなかったのであろうか・・・。

<で~んと構え、風格を備える入母屋屋根の式台付き玄関口。屋根の頂部に近い所にある破風の飾り物は鳳凰と言われる瑞鳥、色々な動物の合成物で火事避けの神様のある本陣建屋。、当日ここで多くのフアンを出迎えた>Image411この間、本陣では祭りに併せて、初めて寄る人、この建物の幕末の空気感に魅せられて来るレピータなどさまざまである。
開館間もなくは一人、二人と合間を持って来館されるが、時間と共にドット押し寄せ、館内はたちまち人の渦に埋まってしまう。
人ごみに揉みくちゃにされながら、集団を休み無く時間単位で案内する。

案内の切れ間で、着物姿でひと際目立つ、佐藤資料館の福子館長が一人の若い男性がやってきて挨拶する。
隊士中島登の末裔、本立寺副住職中島岳大様である。旧知の父君大成様から、中島登が当時使われていた袖章を函館市立博物館の協力で忠実に再現作成されたものを頂いてしまった。

            <新選組袖章>

Img1151
函館新選組の戦闘時の識別の襟章である。白い布地に赤の目立つもの、兵士遭遇機会に味方同志の銃撃を避けるなど活かされたのであろう。
突然の中島岳大様の来場であったが、貴重な贈り物にお礼をしようと思ったが、人ごみに押し流され、何とも悔やまれることであった。

切れ目ない巡回の繰り返しに、昼時には既に大声を発するために、喉は痛くなり、アクセル踏みっぱなしのエンジン全開で、疲労困憊である。
殺到する来館者に上手く流すには話す内容も普段とは別でかなり簡略化で喋る方も制約がかかる。「こんなこと、あんなことも伝えたい」と思いつつ、語れない辛さは一方ではストレスも溜まる。
そんな愚痴も最後にはまたお会いできる機会に、是非この続きをと、再来をお待ち申し上げると、ついつい吐露してしまう。

<話の展開にこんなことも>
新選組は甲陽鎮撫隊で敗走、佐藤彦五郎一家も、巻き込まれ、新政府軍に追われてしまう展開。
養子に行った彦吉の有山家の上段の間、移築に関わり、千葉佐倉の名医佐藤泰然や息子の、松本良順にも繋がり、彦吉が順天堂の理事にもなる。上段の間が取り持つ縁から生まれる色々な事実。
彦五郎の愛する妻「のぶ」も47歳で先立たれ、すでに亡くなった後に声をかけた形見の木枕に語りかけるものは。

等々を語る

周回を通じて、やはり新選組の期待感に目を輝かせ、一生懸命聞いて頂き、終わった後に、すり寄って頂き、「良かった」なんて言葉に舞い上がってしまう。新しい事実との出会いに喜びの声を掛けてもらい、勇気付けられる。

午後から降り出した雨が本降りになり、皆駆け込んででくる。この日のために晴れ着姿の女性も気の毒で、強い雨足に防備に追われる。
結局当日の入館者は750人余、昨年は850人余、最早かっての1000人越しは叶えず、雨に祟らえる影響もあったとしても、かっての勢いは衰えたのであろうか。

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