« 2019年1月 | トップページ | 2019年4月 »

「龍馬」と「おりょう」の軌跡が蘇る

寒風吹きまくり厳しい寒さの中、猫背の背中を更に折り曲げ、10数分続く神明の長い坂をおり漸く本陣に辿りつく。
当日は氷点下の世界、風が吹きまくり、体感温度は更に低く、こんな寒い日になんと言う巡り合わせの悪さ、と思いつつ、終日ここで守らなければならない。
この寒気に、来る当てのない客を前に本陣の隅っこの一角のホットカーペットの、温もりで人の気配を敏感に反応する砂利音に聞き耳をたて待機する。
静寂な館内、何処となく、日差しのない館内は薄暗く、開けっ放しの式台越しに、入ってくる風が館内を吹き抜ける。
そんな寒中の中でも厭わず、熱心なフアンが全国からやってくる。
親子、家族、友達と複数群れ会う集団はもとより、他人と群れず一人でじっくり見識を深めようと歴史の世界に心酔するフアンが多いのも、この世界の特徴かもしれない。
寒い中、であったが昼前後は温かさに後押しされ、入館ラッシュで切れ目なく、賑わいを見せ、対応に追われる。
しかし、日も陰る時間帯になると、人並みが徐々に途絶え、あの賑やかさは何処にと変化する。
緊張の対応から、周りを見回す余裕が生まれ、今日はこれで幕引きかなと、当日の終焉が自然と頭をよぎってくる。
◇人気のない世界に突如の来館者
人気のない館内は寒く感じられ、ホットーカーペットで暖を取りながら、止まってしまった時間の経過を追った。
日が落ちる早さもあって周辺が益々暗くなり、和室独特の雰囲気に此処で暮らしていた先人が見え隠れるような幻想の世界に包まれる。
最早、今日は此処までと思っていたが歴史好きの女性がやってきて、一旦閉じられた脳内が再び開かれる。
案内するにも、視点を合わせることも必要から、どんな期待感を膨らまして、此処まで来られたのであろうか、伺って見る。
現在は都心に住んで居るが、出は四国から、龍馬フアンと吐露された。幕末の世界、龍馬自身が全国くまなく駆け回っており、一通り龍馬の影を追っておられる様子であった。
龍馬と新選組の関係はその場では思いつかなかったが後でこんなことを思い出した

◇坂本龍馬と新選組
慶応3年(1867年)11月15日の坂本竜馬暗殺される。
紀州藩士の三浦休太郎は『いろは丸沈没事件』の際に多額の弁償金を負い、龍馬に対する恨みを持ち、坂本龍馬暗殺の疑いを持たれ海援隊から命を狙われていた。
そのため三浦は会津播を通じて新選組に身辺警備依頼していた。
慶応3年12月7日三浦が旅宿していた京の天満屋を海援隊と陸援隊が襲撃、新選組と斬り合い、近藤勇のおいで新選組の宮川新吉が戦死するなど双方で死傷者を出している大きな事件であった。天満屋事件とも言われ新選組が京都で剣と剣を交えた最後の戦いと言われている。
戊辰役に踏み入れる前に、倒幕の嵐が吹きまくり、龍馬と新選組との間でこんな接点があったのだ。
そんな話は出なかったが、直感的に、『龍馬VS新選組』の構図が僅かに、霞み、テーブルを挟んでお手柔らかにと思わず言葉が出てしまった。(笑い)

◇龍馬の踏み跡を巡る
全国を叉に駆けめぐった龍馬の追い込みは流石半端ではなかった。
以下、語られた思い出の場所は目を輝かし、澱みなく語って頂いた。
①龍馬襲撃された、京都伏見の寺田屋
②「中岡慎太郎」と共に凶刃に倒れた京都河原町の近江屋。
③寺田屋で負った傷の養生でおりょうと霧島などの温泉。流石、高千穂の峰の登山は控えた。
④美貌、フアンも多く晩年、おりょうが仲居を勤めた横浜台町の割烹料亭「田中家」
⑤横須賀市大津のおりょうが眠る信楽寺の本堂に木彫りの「龍馬」と「おりょう」「月琴(げっきん)」の姿等々かっての大河ドラマの『龍馬伝』に多少染まり、薄らいだ記憶の中から、断片的な単語が浮かび懐かしく蘇った。

◇驚きの見学先
ダイナミックに生きた龍馬が波瀾万丈の世界で華々しく戦い散っていった象徴的な、場所として①②は見逃せない場所であろう。
③の短いおりょうとの蜜月の旅を追って霧島まで行かれ、高千穂の峰の前で、悔しい思いで諦めた登山など場所を厭わず、追ったこと。

<1574mの「高千穂の峰」は二人が登山した山の一つである。
赤い土がわらわら零れ落ちてくるような急な傾斜は身を挺して這い登る中々厳しい山のようである。 着物に草鞋姿の二人、四つんばいになりながらの登山はさぞ、厳しいものであったろう>

Oryou0202

⑤の一フアンとして信楽寺におりょうの眠る墓参に留まるが、敢えて本堂に上がり、二人の馴れ染めた木造姿と龍馬が買った月琴(模造品)が置き並べられた神聖な世界を見てきたことなど半端ではなかった。
Oryou401

龍馬の踏み跡を追い、全国を途破した筋金入りスーパー歴女であった。
龍馬愛に心酔されるお話に留まる所知らず、詳らかにご披露頂き、改めて、その一旦を触れられた。Oryou308◇惜しまれつつ退館
此処本陣は何時来たかは定かではなく二度目の来館であること、思わぬ龍馬との語り合いに驚かれたのではなかろうか・・・。
何時ものルーチンの流れに沿った御案内に入って頂いた。
もう閉館の声に、熱く濃い話を交えた話はそれまでとなってしまった。
幕末の空気が漂う館内に何時までも浸って居たかったようであるが、惜しみつつ、また来館での出会いが生まれることを、祈り、お別れした。

改めて、記憶が遠ざかった当時の写真を引っ張りだしてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2019年1月 | トップページ | 2019年4月 »