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スタンプラリーで賑わった日野宿本陣

18号台風の影響か、今朝は風を伴う激しい雨、こんな日に運悪く本陣当番であった。
平日、悪天候の中、来館者が何時くるか、判らないのであるなら、時間を有効につかうしかない。
待機覚悟で、普段読めない資料を抱え、待ち時間を有効に使おうと、いざ戦いの場に臨んだ。
その怪しき天候も覆われた雲が徐々に解け、嘘のように青空がどんどん広がった。

本陣前および交流館では平日に関わらず、開館前に集団が集まり、待機する姿は普段とは全く異なる姿に、一瞬何事かと思った

この群れあいはスタンプラリー始まりであった。
何時も出迎えで使われる旗のデザインが、リアルな歳三写真から、アカデミックなイラストの「薄桜鬼」 に変わった。
旗始め、案内用のパンフレットなどの準備にこのラリーにかける、関係先の気合の入れ方は半端ではなかった。
ネットの世界、ネットを通じて呼びかけ、この旗の元へ満を持して駆けつけた集団であった。
 薄桜鬼は新選組を背景とした恋愛ロマン、と聞くが、若い女性フアンをターゲットにと思い、やはり若い人、女性が多かったが、中にはおじさん達も結構多かった。 

時間が来て山門を開けるとフアンがドットと敷地の中へ、流れ込み、玄関前に置かれたスタンプ台に殺到する。
しかし、その群れあいを目の前に、スタンプを押したら、館内に入らず、そそくさと次の拠点に慌ただしく向かって行ってしまった。
開館時はそんなことで、目の前の騒ぎを見ながら、掲げた旗は揺れながら、スタンプラリーの案内役になびいただけに留まった。
人の群れに、係の人が、何とか入ってくれないかと懸命に誘導案内したが、問いかけに頷くものの、心此処に非ずで、ともかく次の拠点へスタンプ集積に、完璧に洗脳されていた。ただ端に歴史とは無関係に日野駅から始まる8カ所の拠点巡りのスタンプ集めにすぎなかった層の集まりでもあった。


ん~ん、人寄せパンダも此処までかと、半ば諦めていた。
しかし、それも時間の経過と共に、寄ってみようとするフアンが現れ、その何割かが入館された。

平日、しかも雨の中、足を運ぶ人も少ないと思っていたが、予想は完全に覆った。
昼を前後に切れ目なく入館され閉館まで来館ラッシュが続き、何時になく対応に追われ,うれしい悲鳴をあげたた。

◇案内思考にその引き出しの中身
さ~て、満足して頂くためには、どう望むかはこれまでと特別変わったことはなかった。
①入館者に注がれるのはやはり歳三であった。
歳三が武士の姿で散って行った男の美学やロマンなどの人格形成に幼少期を過ごし、浪士組と羽ばたいてゆく過程で支えた佐藤彦五郎とその妻のぶの関係など系譜を前に皆、集中していた。

②慶応4年、新選組鳥羽伏見の戦いで破れ、江戸に撤収後、甲陽鎮撫隊で勝沼の戦いで破れ、四散する中、彦五郎も巻き込まれ、五日市への逃避行。匿われて、助命嘆願され晴れて戻れたが、その許可は西郷どんであったことなどなど。

③名刀の康継が何故、歳三から佐藤家に贈られたのか?、上記で彦五郎一家が五日市に逃避するが、息子が八王子に官軍につかまり、持っていた刀を取り上げられた。その話に歳三が可哀想と源之助に譲った。


④慶応3年薩摩藩邸から出没した薩摩御用盗事件で彦五郎以下日野剣士と八王子壺伊勢屋での大乱闘事件


⑤明治13年明治天皇行幸、随伴者はなんと300人近くの大量。その中に新政府を委ねる、伊藤博文、長州系公家の三条実朝など討幕の先頭をきった、連中が旧佐幕であった当地への来訪であった。

とうとう、底の深い引き出しの披露に、熱くなり、語ってしまったが、最後まで耳を傾けて頂き、感謝でしかなかった。

◇国境の垣根を越えて
香港で若者のデモ活動で顔隠しに黒マスク姿が最早定番になっているが、来館者で烏天狗の出で立ちの中国暦女であった。
外見上は同じ東洋人で姿は全く識別出来ない
日本語は判るか、訪ねると、大丈夫となまりのある言葉に日本人ではないことが判った。二人の出身地は上海と北京のかなりの離れた場所で、あるがその知り合いの結びつきは何とネットを通じて「薄桜鬼」であった。
同じ中国人でも、日本のアニメによる結びつきで大変驚いてしまった。
それでもこちらの説明が理解できず一方的になってしまうので、一つ一つ確認しながらの説明であった。
話の説明段階で「やまなみ」の話に、首を傾げていたが「さんなん」さんですねと、返す言葉に、驚いてしまった。
形はどうあれ、「薄桜鬼」を通じて、国を越えて、新選組が浸透している事実に驚いてしまう。
中国共産党の主権で拡張一方、一帯一路の路線で突っ走る中、いろいろ国際的にも問題を起こしている。しかし一方ではこう言う庶民層で日本文化がしっかりと浸透していることを思い知らされた。
微力ながら、ささやかに、交遊が深められたことに感謝する。

気合を入れ、一方では飛び交う蚊と戦いながら、何とか充実した一日が終わった
日の落ちるのが早く、既にうす暗くなった道を家路に付いた。

お客様を相手に緊張感も解かれ、どっと疲れが、足元も多少怪しく、越えねばならない、神明の坂が、重く長いハードルであった。

 

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