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『ようこそ幕末の世界へ』HPのURL修正のお願い

<ようこそ幕末の世界へ>Image4111
当ブログとも併せ、運用しているHP『ようこそ幕末の世界へ』

の訪問ありがとうございます

今般、事情によりhpの
URLを以下の様に変わりました。

URL修正に当たり、bkmtsなど、名称にも拘りを持たせました。

http://bkmts.on.coocan.jp/

(旧http://hobby.life.coocan.jp/bkmts/)
修正頂きたく、宜しくお願いいたします。

尚、当ブログ共、併せ、幕末をキーワードに一層の拡充と斬新さに努力したいと、思います。今後共、宜しく、ご贔屓にお願いいたします。

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HP『ようこそ幕末の世界へ』のURL修正お願い

               <ようこそ幕末の世界へ>Image4111
当ブログとも併せ、運用しているHP『ようこそ幕末の世界へ』

の訪問ありがとうございます

今般、事情によりhpの
URLを以下の様に変わりました。
http://bkmts.on.coocan.jp/

(旧http://hobby.life.coocan.jp/bkmts/)
現在検索等で選択されても、404 Not Found
見つかりませんの表示となっています

修正頂きたく、宜しくお願いいたします。

尚、当ブログ共、併せ、幕末をキーワードに一層の拡充と斬新さに努力したいと、思います。今後共、宜しく、ご贔屓にお願いいたします。

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「ようこそ幕末の世界へ」ご案内

              <高島流砲術の実演>Img_527611111

新選組発祥の地、日野、隣接の八王子から始まった史蹟巡りも、触覚の赴くまま江戸から東へ、下総、常陸、甲斐、会津、蝦夷へ、更に西に神奈川、駿府、京へ自然に足がむいてしまった。
甲州街道の旧道を歩き、旅人の姿を思いうかべ。中山道に残る本陣・旅籠に和宮の降嫁の行列規模に驚き。
江差で復元された開陽丸の姿に感動する。戦跡碑や墓石など時代の経過で風化し、忘れかけた姿に嘆いた。
歴史事実に活字だけではで得られない発見に、新たな感動が生まれて来た。
小さな遺産の一つの点が調べてゆくうちに線となって結ばれ、更に面となって、拡がり歴史の渦が見えてくる。
「見て楽しく、こだわり持って、足元の幕末に光を」そんなテーマで歩んだ歴史を雑駁ながら纏めみた。
10数年の踏み跡をHPに積み上げ、気づいたらこんなに膨らんでしまった。

「ようこそ幕末の世界へ」 (クリックで自動展開) どうぞご覧いただきたく、ご案内いたします。
ご参考まで、概略のコンテンツを以下に整理しました。

□史蹟巡り
<多摩地域>
新選組副長土方歳三と六番隊隊長井上源三郎の出身地、天然理心流を通じて近藤勇と京で新選組を起こし京で活躍し、戊辰の渦に巻き込まれていく。新選組を物心両面で支えた日野宿名主佐藤彦五郎の日野宿本陣

土方家檀家として新選組とも関わり深い高幡不動。
八王子出身の新選組隊士として活躍した斉藤一諾斎、中島登、横倉甚五郎
<都心周辺>
天然理心流の試衛館道場跡。江戸の人気を高めた三大道場。刀の試し斬り、首切り浅右衛門。
家茂と皇女和宮が眠る霊廟の増上寺。赤坂周辺の勝海舟住居跡や乃木邸。大名庭園浜御殿。江戸湾防御拠点の台場
上野戦争と彰義隊墓地軍艦軍艦操練所勇処刑場所。討幕の先鋒、大村益次郎や板垣退助、有栖川威仁親王の銅像、墓地。
旧玉電沿線の幕末史蹟。攘夷家の集結場所「土蔵相模」、新選組の屯所「釜屋」、龍馬も通った「浜川砲台」など品川宿。
<三浦半島>
ぺりー来航、国防拠点三浦半島
<下総(千葉)>
近藤勇捕縛の流山。小江戸の風情佐原。蘭医学で功績を残した佐倉順天堂
<常陸(茨城)>
尊皇攘夷の思想で壮烈な死を遂げた志士の眠る回天神社と広大な共同墓地
<下野(栃木)>
戊辰戦役で苛烈な戦い、歳三が負傷した宇都宮城の攻防
<甲斐(山梨)>
甲陽鎮撫隊が東征軍と戦った勝沼。「龍馬」を慕う「千葉佐那」の墓
<信越地方>
江戸時代にタイムスリップ北国街道和宮の壮大な行列を語る中山道の下諏訪宿や和田宿赤峰隊が処刑された魁塚の下諏訪宿。
<東北地方>
戊辰戦役の激烈な舞台となった鶴ヶ城。会津、江戸を結ぶ下野街道の往事の姿を残す大内宿
<北海道>
(函館)最後の戊辰戦役となった拠点、両軍上陸地点鷲の木海岸や乙部海岸。激しい攻防戦松前城。沈没開陽丸の復元姿。
歳三中島三郎助親子の最期の地。復元された奉行所。旧幕府軍最期の砦五稜郭。心霊スポット碧血碑
(釧路)苦難の開拓史鳥取城
<京都>
京都見回りの浪士が新選組として名乗り活躍した屯所壬生の屋敷山南啓助他新選組隊士が眠る光縁寺。新選組が勤王志士達を襲撃した池田屋。勤王・佐幕の政争に揺れる京で「天誅」の血なまぐさい嵐が吹き荒れ、遭難之碑が点在する河原町周辺。
戊辰戦役の発端となった鳥羽伏見戦跡
薩摩藩の内部抗争で乱闘となったり、坂本龍馬捕縛の舞台となった寺田屋

□新選組資料館
<新選組の軌跡>
新選組誕生の背景。新選組の武術として天然理心流が普及。近藤、土方を讃える殉節両雄之碑甲陽鎮撫隊の編成と勝沼までの軌跡。
戊辰戦役で武州足立郡の金子邸から函館までの新選組の軌跡。彦五郎家族が東征軍に追われ、逃避行の舞台。
<隊士の軌跡>
新選組近藤勇の最期を伝える口伝。土方歳三の遺品、歳三の最期を伝えた市村鉄之介、歳三が売り歩いた石田散薬沖田総司の幼年時代、二節語られた謎めいた終焉の地。局中法度まで犯し、追い詰めた山南啓助の背景。幕末以降も生き抜く永倉新八。八王子出身の中島登の総て

□幕末資料館
<剣・剣術>
江戸三大道場は何処。日本刀のイロハ。幕府に仕える刀鍛治として継がれた下原刀天然理心流の系譜・演武・各地に残される大奉納額・現代も残す小谷田道場
<幕末・維新人物>
吉田松陰。勝海舟。坂本龍馬。龍馬の二人の妻おりょうと千葉佐那。赤松小三郎。小栗上野介。徳川慶喜。明治天皇。有栖川威仁親王。島津啓次郎。
<千人同心>
千人同心の役割・住んで居た場所・最期の日光勤番石坂弥次右衛門の悲劇・幕末を駆けめぐる同心日野義順
<事件全般>
ペリー来航。桜田門外の変。江戸城無血開城。薩摩藩邸焼討事件。赤報隊「相楽総三」の軌跡。清河八郎襲撃事件。
<外国人襲撃事件>
生麦事件。ヒュースケン襲撃事件。東禅寺事件。横浜開港と攘夷活動。
<徳川・篤姫・島津関連>
「葵御紋」の源草を追って。「天璋院篤姫」江戸へ・輿入れ・江戸城を去る・最期の千駄ヶ谷徳川邸
歴代将軍の上がり場の浜御殿皇女和宮の生涯。芝東照宮・増上寺霊廟の内部。

□歴史記念館・施設
開陽丸。咸臨丸 乗船、咸臨丸太平洋横断、哀れ咸臨丸の末期。美嘉保丸の悲劇。横須賀製鉄所。軍艦 三笠。鳥取城(鳥取百年館)。佐倉順天堂。高井鴻山記念館。江川太郎左衛門。韮山反射炉

□幕末まつり
高島流砲術演武。ひの新選組まつり(第2~第9回)。咸臨丸フェイスティバル

□歴史旅日記
日野・八王子甲州路旅ツア。甲州古道を行く「八王子宿~小原宿」・「与瀬宿~上野原宿」・「猿橋から下花咲宿」
奥州仙台藩視察。メアリーの京都探訪篤姫輿入れを追う(渋谷から江戸城)。甲州勝沼戦跡ツアー 。彦五郎逃亡記。春の東北路巡り

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「ようこそ幕末の世界へ」サイト引っ越しのご案内

移り行く激しいネットの世界で変化が求められるのも、時代の流れなのであろうか。
幕末の情報の場として流していた「ようこそ幕末の世界へ」はこれまで多くの皆さんに御贔屓にして頂き、かなりのエネルギー注ぎ運営してきた。
そのサーバー提供会社のinfoseekから、一方的にホームページの運営は今年で停止する旨の宣言をされてしまった。
思えば同サイトも、当時の話題の人物「ホリエモン」の運営するライブドアで幕を開けた。
その「ホリエモン」が収監され、表舞台から消え、ライブドアもホームページの運営が中止になり、現在のinfoseekに移行を余儀なくされた。
そのinfoseekからも、今回このような宣告に「おいおい、またかよ」と思わざるを得ないが、企業のトップポリーシに逆らう事も出来ない。

「さあ、折角積み上げた情報の山をこのまま、流してしまうのも悔しい、せめて足腰の動く間、脳味噌が固まらない間は何とか続けよう。」
色々、提供会社を模索し、niftyの"la coocan"に乗換を決定し、ようやっと引っ越しを完了した。
10年以上の運営から積み上がった情報量はファイルの数にして4500に及び、その間、ファイルに溜まった埃など修復しながらの、作業であった。
既に、時代から取り残されたISDNの遅い転送速度に新サーバーへのお引っ越しに3時間にも及ぶものであった。
重い、重い引っ越し作業も何とか終わり、いよいよご来店を待つばかりにこぎ着けた。

そんな、引っ越し作業も終わりました
引き続きのご来店とも併せ今後とも、御贔屓に宜しくお願いを申し上げます。
お気に入りに、加えていただければ、嬉しいです。
http://bkmts.on.coocan.jp/

Image11111

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「ようこそ幕末の世界」は100,000ヒット越え

Img_11121111 お蔭様で、拙宅メインサイト「ようこそ幕末の世界」は100,000ヒット越えました。一つの区切り目として、ご訪問頂く皆様のお蔭で何とか越えられたことに感謝申し上げます。

日夜、このカウントを見ながら、その反応を気にしながらも、ホームページを続ける一つのかてとして、刺激となった。書きネタを求めて、西に東にこれぞと思う所は旧南多摩郡部から日帰り出来る範囲で駆けめぐった。
そのきっかけはやはり、大河ドラマで、既に過熱気味のブームの新選組も過ぎ去った感じもするが、勇が捕まった千葉の流山や勝沼を目指した甲陽鎮撫隊を追って旧甲州道の小仏峠越えをおこなったり、勝沼戦跡までも赴き、確かめた。

今年は篤姫に始まり、篤姫で終わろうとしている。ドラマをきっかけに宮尾登美子の作品を読む機会を与えてくれた。
大河ドラマは宮尾作品をベースに作者の田淵久美子により、大奥を舞台に次々と生れる事件を背景に登場人物の"愛"とか"絆""生きざま"などが重点に描かれ、楽しむことが出来た。小松帯刀を終始扱うなど存在感の大きさが原作とかなりの違いを感じるが、これも愛、絆を重点にした作者の意図の様にも思えてくる。

一方、篤姫の登場は史蹟巡りに火を付け、色々な出会いや発見が生れた。芝の増上寺で何時も閉ざされている、歴代将軍の廟が開けられ、和宮と家茂の墓石と対面出来たバスツアー。歴代の大奥でも最も「お移り」の多かったことから、江戸城を中心に、薩摩の屋敷跡初め、徳川御三家の屋敷跡などの見学。江戸市内に根をはった広大な徳川家の約260年に渡る隆盛を改めて知りえた。
江戸城無血開城に西郷と渡りあった勝海舟との出会い、晩年は勝の近隣に住み大奥の表舞台から江戸市街に降り、庶民の生活に触れ、江戸市街にも根を張った篤姫に親近感さえ覚えた。
こうして篤姫は江戸市中の歴史の一部を開くきっかけを作ってくれた。五体満足な限り、幕末の世界に触れ合い楽しんでみたい。

当該サイトは此処から ようこそ幕末の世界へ

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